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高松地方裁判所 昭和36年(わ)389号 判決 1962年12月04日

被告人 福岡勝

明三二・八・一〇生 農業

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の本位的訴因は、被告人は昭和三五年八月二日香川県三豊郡財田村大字財田上六九八番地宝光寺住職佐長彰城が四十数年前慣行として同人並びに同人家族の飲料水として独占的に使用する権利を取得し、その后も動力施設等に依つて前記宝光寺の自宅に揚送水し間断なく使用していた同寺東北方約八〇米の山林中に所在する野井戸の井水を擅に被告人所有の蜜柑畑に灌水する目的をもつて動力ポンプ及びビニールパイプ等を使用して約四〇石取水し、因つて同井戸を渇水させ約二昼夜半に亘つて、右佐長方の飲料水使用を不能ならしめ以て右佐長彰城の井水使用権を侵害してその水利を妨害したものである。

予備的訴因は、被告人は昭和三五年八月二日三豊郡財田村大字財田上六九八六番地宝光寺住職佐長彰城所有の同寺東北方約五二米附近所在の竹林約三〇平方米(現況、井戸及びその敷地)地中から湧出し専ら右佐長及び同人家族においてその飲料水として使用している井水を擅に被告人所有の蜜柑畑に灌水する目的をもつて、動力ポンプ及びビニールパイプ等を使用して約四〇石取水し、因つて同井戸を渇水させ約二昼夜に亘つて右佐長方の飲料水使用を不能ならしめ、以て右佐長の井水使用権を侵害してその水利を妨害したものである。というにある。

よつて按ずるに香川県三豊郡財田村大字財田上六九八六番地所在の宝光寺に佐長彰城が住職としてその家族と居住していること、右宝光寺の東北方に同村大字財田上(字山田)六、九八四番地第一甲山林一反八畝歩があり、これは現況竹林にして、その竹林のなかに宝光寺から約五二米のところに地中から湧出する野井戸があること、その野井戸の敷地は約三〇平方米であること、右野井戸の井水を前記佐長彰城(先代を含む)及びその家族が動力ポンプ等によつて四十余年来飲料水に使用していたこと、被告人が昭和三五年八月二日右野井戸の井水約三六石を動力ポンプ及びビニールパイプ等を用いて取水し、これを渇水させたこと、右取水を被告人が自己の蜜柑畑に灌水したこと及び右取水により前記佐長彰城の飲料水使用が約二昼夜に亘り不能になつたことは被告人の当公廷における供述、証人佐長彰城に対する尋問調書、証人大村省三の当公廷における供述及び当裁判所の検証調書等によつてこれを認めることができる。

ところで刑法第一二三条所定の「その他水利の妨害となるべき行為」にあたる水利妨害の罪は、水利権を保護法益とするものであるから本罪が成立するには単に他人の水利を妨害しただけでは足りず、妨害さるべき水利は他人の権利に属するものであることを要し、他人が権利に基づかないで水を使用するにあたり、自己の権利を行使した結果その使用を妨げることがあつても本罪を構成するものではない。

そこで本件において水利権即ち井水を利用する権利が佐長彰城にあるかどうかについてみるに、先ず本位的訴因によれば四十数年前慣行として水利権を取得したというのであるから換言すればそれは慣習による水利権が佐長彰城にあるというにある。そうして慣習による水利権が流水について発生する事例は少くないところ、井水についてもこれを否定すべきいわれはないのであるが、一般に井水は土地の構成部分ないし定著物であるから他の土地へ流出しない井水の利用権はその土地所有権に基くを原則とし、他人がその水利権を取得するのは例外というべきであるから凡そ慣習によつて水利権が発生するにはその慣習の存在すること即ち本件においては井水利用に関する慣行が存し、それが井水の所有関係等の如何にかかわらず社会的に承認され規範として効力を有することが必要であり、単に他人が井水の利用を多年に亘つて継続していることだけで直ちに井水につき慣習による水利権があるということはできない。しかるところ本件においては佐長彰城(その先代を含む)において四十余年間本件井水を飲料水に使用し来つたことは既に認定のとおりであるけれども後記の如く被告人にその所有権を認むべきこと及び本件は専ら被告人と佐長彰城間に限定される問題にして該地方においても他に類例なきことを併せ考えれば、佐長彰城の右水利が社会的に承認され規範として効力を有するものなることはにわかに断じ難く、従つて直ちに慣習による水利権があるということはできないのである。そして本件において水利権が発生するとの一般慣習又は地方慣習はこれを認めるに足る証拠がないから結局慣習による水利権の取得という右本位的訴因は排斥を免れないものというべきである。(時効又は契約ないし所有者の承諾により取得することあるは格別、本件においてその主張立証はない)

次に予備的訴因によれば、本件井戸所在の土地所有権に基き佐長彰城に水利権があるというにある。(そうすると被告人の本件取水は所有権の内容たる水利権の侵害ということになり、その所為は直ちに所有権の侵害であると考えられるところ、不法領得の意思のない場合には水利妨害のみを認め、不法領得の意思ある場合には窃盗罪と水利妨害罪の一所為数法と解せられるから右予備的訴因は妨げないというべきである)そこで右につき証拠を検討するに本件井戸の所在地である財田村大字財田上字山田六九八四番地第一甲山林一反八畝歩(現況竹林)の所有権取得登記名義人が被告人になつていることはその登記簿謄本によつて明らかである。そして登記簿上の所有名義人は反証のない限り右不動産を所有するものと推定すべきである(昭和三四年一月八日最高裁民集一三巻一号一頁)から反証のない限り本件井水は土地の構成部分として被告人の所有であると推定すべきである。そこで右反証の点について検討することとする。最初に右不動産所有権移転登記の経過をみると、右土地はもと佐長彰城の先代佐長黙然の所有(明治三四年二月一四日所有権保存登記)であつたが、大正四年五月二五日前記宝光寺の財政上の必要のため右土地を亡佐長黙然が多度津町居住の武田茂祐に売渡し(大正四年六月二日所有権移転登記)、次に昭和二二年一一月四日武田茂祐から被告人に売渡され(同日所有権移転登記)ているのである。しかしながら前記のような土地所有権の移転登記にかかわらず佐長黙然において本件井水を使用し来り、同人が大正一一年八月一五日死亡した後においては佐長彰城においてこれを使用し来つたことも既に認定のとおりである。

そして(1)証人佐長彰城(四六才、宝光寺の現住職)に対する尋問調書等によれば、同証人は先代佐長黙然が前記土地を武田茂祐に売却した際、本件井戸及びその周囲約三〇平方米並びに宝光寺から井戸に通ずる道(以下係争部分という)は売却の目的物から除外しているので井戸は依然として先代佐長黙然の所有従つてこれを相続した佐長彰城の所有である旨供述し、(他に同旨の証言もあるが証人佐長彰城の証言より右に出づるものはない)その理由として宝光寺には他に飲料水がないのであり、飲料水なくしては一日たりとも生活することはできないから売る筈はないこと、係争部分は他の竹林部分と垣で明確に区分されていたこと、先代も係争部分は売つてないといつていたこと等をあげ、仮にこれを売却したとすれば現実に井水を継続使用しているにかかわらずその使用料というべきものは未だかつて払つたことがないこと等を述べている。右供述は一応有力というべきであるが前記売却の際係争部分を特に除外しなかつたとしても井水の使用のみについて別途に考慮することも又ありうべきところ、証人森川正二(八二才、宝光寺檀徒総代)に対する尋問調書によると同証人は前記売却の際係争部分をその目的物から特に除外したことはなく井戸も売つてしまつた旨供述しており、同証人は右売却当時から檀徒総代であり宝光寺の財政についても相談をうける等当時の情況にくわしいこと等を併せ考えれば係争部分を当時売買から特に除外したということはこれを直ちに認めるに躊躇せざるをえない(佐長黙然、武田茂祐、らの死亡によりその認定は一層困難になつている)し、被告人の係争部分を含む竹林全部を武田茂祐から買受けた旨の当公廷における供述に徴しても係争部分の売買からの除外という点に関する各証拠は未だ前記反証となし難い。(2)右森川証人は、しかし右売買の登記后若干の月日を経過して買主(武田茂祐)から係争部分は寄附(贈与)してもらつた旨供述しているのである。そこで贈与の点についてみるにその旨の登記が経由されていないこと既に認定のとおりであるから、竹林全部を買受けたとしてその旨の登記を経由している被告人に対抗できないのみならず、右供述によれば佐長黙然が前記売却をなした後武田茂祐が逆に贈与したという三反八畝一〇歩及び一反六畝(本件竹林に関係のない部分)については、これを記念して石碑を建てたのであるところ、その后に係争部分及びこれと宝光寺との間にあるほぼ三角形の土地(本件竹林の一部に当る部分)も贈与をうけたのであるが記念碑を既にたてた後であつた為後者については記念碑に記入してないというのであるけれども、右証人の供述のほか、証人川崎直太に対する尋問調書、証人佐長彰城の供述中いわゆる三角形の部分の土地はその後武田茂祐に返還している旨の供述等を綜合すれば、右三角形の部分について寄贈というのは宝光寺にも竹竿がなくては困るであろうということからその土地の部分の竹を切つて竹竿等に使つてもよいという趣旨にとどまつたのではなかろうかという疑問が見出されるのでありこの疑問は本件井戸についても同様である。(この点につき、佐長彰城には右使用を認められているのだという考えは毛頭なく、同人は専ら当初からの自己の所有権を主張しているので右疑問点もそれ以上のものということはできないし、被告人としては現実の使用状態を受忍してきたにすぎないといえないこともない)そして被告人の前記井戸をも含む竹林全部を武田茂祐から買受けた旨の供述に徴すれば右贈与をうけた旨の各証拠も未だ前記反証となし難い。(3)尚被告人が筍の盗難防止の為とはいえ係争部分と他の竹林部分との境界に垣を設けてこれを区画していること、本件に至るまでその必要性がなかつたとはいえ佐長彰城に対し係争部分の返還を求めたことがないこと、及び本件取水に際し井戸に横穴を開けてそこから取水しようとするが如き自己の所有権の主張にふさわしくないこと等被告人において少くとも本件に至るまでは係争部分が自己の所有であることを佐長彰城に対し積極的に主張していなかつた点はこれを窺知するにかたくないけれどもそれをもつて直ちに佐長彰城に所有権ありとなし難い(時効により取得することあるは格別、その主張立証はない)のみならず、本件井戸や竹林がもと佐長黙然の所有であつたことから被告人において佐長彰城の現実の使用を受忍していたにすぎないともいいうるのである。他に前記反証となすに足る証拠はない。してみると結局前記推定を覆えすに至らないからその推定は維持さるべきものとし、所有権に基き佐長彰城に水利権があるという予備的訴因も排斥を免れないものというべきである。

そうすると被告人が本件井水を佐長彰城において前記の如く長年間飲料水に継続使用していたことを認識しながら生活に直接影響を及ぼす右井水を右佐長彰城に対し何等の予告もなくくみとつたことは少くとも道徳上非難されてもいたしかたない面があるけれども佐長彰城に水利権を認め難いこと及び佐長彰城の本件井水使用が被告人の所有地の使用を妨げるものであること前段認定のとおりであるから被告人の前記所為は違法性を欠き水利妨害罪を構成しないものというべく、本件は結局罪とならないものと認められるから被告人に対し刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をなすべきものとする。よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 惣脇春雄)

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